その異変に気付いたのは手持無沙汰で空を見上げていたアルクェイドだった。

「ぶぅ・・・ん?ねえ、皆あれ!」

アルクェイドの声に全員が見上げると『闇千年城』の一部が崩壊を始めようとしていた。

「崩れ・・・始めてる・・・!!もしかして」

誰かの声に反応したのは

「・・・どうやら決着がついたようであるな」

再びアルクェイドの表に出て来た『朱い月』だった。

「・・・この大たわけ・・・私の勅命永い間よくぞ守り通した。ゆっくりと休め。お前を主君と仰いだ忠臣達と共に」

その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。

だが、それも刹那の事、すぐに『朱い月』はアルクェイドに立ち戻り、その声は誰も聞くことはなかった。

全員の視線はこの時、ただ一点に注がれていたのだから。

何もない壁が突然城の入り口を現す正門に変貌を遂げたのだから。

七十一『終焉』

士郎に肩を貸して志貴は階段を一歩一歩降りていく。

しかし、その動きは著しく鈍く、時折ふらついている。

何しろ士郎はもちろん、支えている志貴も本来ならば支えられている立場の人間なのだから。

幸い『闇千年城』崩壊が緩慢としたものであるが何時崩壊が本格化するか予断を許さない。

「士郎、ふと思ったんだが『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は?」

「悪い、『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』二回発動に加えてさっきの『轟く五星(ブリューナク)』の『革命幻想』使用で虎の子のブレスレット内蔵分まで使い切った。凛達とのラインも『影の王』との戦いの前にこっちから寸断しちまって・・・こうも仇になるとは思わなかった」

「無いのなら仕方ない。こうなったら本格的に崩壊が始まる前に意地でも脱出するだけだ」

そう言っている内に『血鍵闘技場』に通じる扉の前まで来た・・・と思われたがその扉はなく、代わりに右にカーブする道が姿を現していた。

「・・・こっちを通れと言う事か」

「らしいな・・・!志貴やばい、崩壊の速度が速まっている階段にひびが」

「っ・・・のんびりしている暇も躊躇している暇もなしか。行くぞ」

「ああ」

そのまま二人は進路を右に取り始めた。

二人の姿が見なくなると階段のひびはさらに大きくなり崩壊を開始する。

『闇千年城』の崩壊がその速度を上げようとしていた。









「はああああ!」

「てりゃあああ!」

正門が見つかったと同時に起こした行動は至極当然なものであった。

アルトリア、アルクェイドの一閃は正門を紙よりもたやすく引き裂き、一斉に城内に突入する。

「志貴―!」

「シロウ!」

二人の声は反響して木霊となるが肝心の返答はない。

「アルトリア!士郎は!」

「ここにはいません。まだ奥かも知れません」

「アルクェイドさん!志貴ちゃんは?」

「ここにいないわ。多分まだ上の方ね」

「では手分けして探しますの?」

「でも・・・広すぎるよここ」

エントランスと思われる大広間の広さにさつきをはじめとして幾人かが辟易する。

「ですが、ひるんでいる時間はないのではなくて?」

ルヴィアが嘲る様に嗾ける様に言う。

「そうですね。『闇千年城』が崩壊を始めつつあるのは自明の理、一刻も早く志貴と士郎の元に向かい、共に脱出しなければ・・・『六王権』とその最高側近、彼らと闘った以上、無傷である筈がありません・・・いえ最悪ほとんど動けないと考えても・・・」

シオンの最悪の予想を伴った言葉に全員腹を括った様に頷きあう。

結局二人一組でこの先に向かう通路を探し始める。

だが、それも長くは掛からなかった。

一つを除いて石壁で封印されていたのだから。









一方、志貴と士郎はと言えば、こちらも一刻も早く脱出を試みて道なりに歩を進め続ける。

歩いている内に体力も回復してきたのか士郎も志貴の肩を借りずに自力で歩けるようになってきた。

志貴の歩調もふらつく事無くしっかりしたものに戻りつつある。

しかし、まだ走れる筈はなく、二人共ただ歩けるだけに過ぎなかった。

その後ろからは何かが崩れたり、倒壊する音がひっきりなしに響いてくる。

「どこまで降りた?」

「たぶん中間部分あたりだろう。悪いさすがにこの量の魔力じゃ正確な解析が難しい」

志貴の問い掛けに、残りわずかな魔力で解析した士郎が答える。

「とりあえず順調に降りているんだろう?だったらまだましさ」

「それよりも崩壊の速度どう考えても上がっている。このままだと巻き込まれる」

「少しでも残せれば良かったんだが・・・あいつ相手に余力残すなんて世迷言に他ならない」

「全く同感だ」

口を動かしながらその足は止まる事無く歩み続ける。

崩壊の前兆を現すようなひびはもう二人のすぐ後ろにまで迫っていた。









唯一の通路を見つけたアルクェイド達も一心に城内を駆け上る。

その表情には皆一様に焦りの色が濃い。

城の崩壊を現す音は既に城のあちこちで響き、脱出に一刻の猶予もない事は明白だったからだ。

「志貴ちゃーん!」

「せんぱーい!!何処ですかー!」

皆、志貴の名を士郎の名を呼ぶが未だに返事はない。

「!アルクェイドまずいです。ここにもひびが!」

「もうこの城はもちません!」

シオン、アルトリアの言葉通り『闇千年城』の至る所でひびが入る。

もはや城の崩壊は時間の問題と言っても差し支えなかった。

「ああーもうっ!何処にいるのよ!あの馬鹿二人は!」

見つからない事へのいら立ち故に罵声を飛ばす凛だが、その内心は不安に彩られていたのは語尾の若干の震えからも明白であろう。

だが、その不安はそう時間を置く事無く霧散する事になる。

志貴と士郎がしばらく降りた所で、

アルクェイド達がしばらく駆け上った所で、

ばったりと遭遇したのだから。










「ア、アアア・・・アルクェイド!それに皆!」

「アルトリア、凛達まで!」

「志貴!」

「志貴ちゃん!」

「シロウ!無事ですか!」

「やっと見つけた・・・もう!あんまり心配させるんじゃないわよ!」

互いに思わぬ人達が現れた事への驚愕と探し人を見つけた安堵、照れ隠しの罵声等々、さまざまな言葉を投げ付けあう。

「っと、今はのんびり話している場合じゃないな。志貴!もうやばい。ここもいつ崩れるか・・・」

「そのようだな、皆急いで脱出を。『闇千年城』はじきに崩壊する」

「そうみたいですね。ではシロウ」

そう言ってアルトリアは士郎の身体を支える。

「じゃあ私は志貴を」

それを見て早いもの勝ちと言わんばかりにアルクェイドが志貴を担ぎ上げる。

出遅れた他は羨ましそうに妬ましそうにアルトリア、アルクェイドを見るが口論している時間もないと踏んだのだろう。

一斉に来た道を駆け降りる。

「ごめんなアルクェイド。本来なら逆なんだが」

「良いの良いの!志貴は『六王権』倒すのに一杯頑張ったんだから!」

アルクェイドは満面の笑みを浮かべて。

「ごめんアルトリア、最後の最後で」

「何を言っているのですかシロウ。『聖杯戦争』の時にも行ったはずです。私は貴方の剣だと、それに・・・愛する人を支えるのは当然の事です」

アルトリアはその白磁の頬を朱に染めてそれぞれ最愛の人の感謝と謝罪を受け止める。

だが、それを合図とした様に城の倒壊の加速度が跳ね上がる。

「倒壊が本格化した!」

「急ぐわよ!」

それを見て全員駆ける足を更に速める。

だが、それもすぐに止まる事になる。

倒壊の速度が予想以上に早まったのか行く手を瓦礫が道をふさいでいたのだから。

「「もう!邪魔!」」

―居閃・烏羽―

―二閃・鎌鼬―

だが、それも翡翠・琥珀の一閃が切り裂き吹き飛ばす。

その後も瓦礫が行く道行く道を塞いでいたのだが、その度に

「邪魔です!」

「ボロボロに朽ちちゃえ!」

略奪され、枯渇し、

「ショット!」

「クラッシュ!」

何時の間にやら変身した凛の魔力弾、カレンの鉄球で砂山よりももろく薙ぎ払われる。

ちなみにあり得ない姿に変身した凛とカレンの姿に士郎が何か言いたげな視線をアルトリアに向けたのだが、アルトリアは居た堪れない表情で、

「シロウ、彼女達の事を思うのであれば何も聞かないで上げて下さい」

と逆に懇願されてしまった。

そうこうしている内にやっと大広間までたどり着いたのだがそこで最後の障害が待ち受けていた。

何しろようやく大広間まで戻ってきたと思えば正門部分が倒壊し出口が完全に塞がれていたのだから。

しかも至る所が崩れ落ち出口だけ吹き飛ばしても城の倒壊に巻き込まれるのは目に見えている。

現に何人かは落下してくる瓦礫への対応に追われている。

つまり、出口をふさぐ瓦礫の破壊と崩壊する城への対応、これを全てこなし脱出しろなど、全員万全であるなら可能だが『六師』や『影』、『六王権』との戦いで少なからず疲弊した士郎達には困難と言わざる負えない。

しかし、やらなければここで全滅する。

「・・・やるしかないか」

「シロウ?」

「アルトリア、降ろしてくれ。志貴、悪いけど最後の一仕事付き合ってくれるか?」

「無論。アルクェイド、ありがとうなここまで」

「志貴?」

アルトリアの手から離れた士郎の手にはいつの間にか『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』が握りしめられ、志貴の手には『神剣・朱雀』が握られている。

「霧壁の方が良いんじゃないか?あれの防御の力は折り紙つきだろ?」

「ああそうなんだが、情けない事にあれを使えるほどの力もまだ回復していない。煉獄斬一回が精々だよ。そういうお前は」

「こいつで王国に接続すれば宝具発動には一切の魔力は使わない。問題ない」

「じゃあ・・・行くぜ我が相棒」

「ああ、これがこの戦争最後の一撃だ・・・王国よ(キングダム)!」

士郎が『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を掲げる事で現実と剣の楽園が接続される。

「皆避けてろ!轟く五星(ブリューナク)!」

士郎の号令と共に五又槍が群れとなって出口を塞ぐ瓦礫のみならず周辺の壁すら薙ぎ払う。

だが、その巨大すぎる破壊力が引き金となり、城の崩壊が決定的になった。

天井が一気に崩れ落ちる。

「おおおお!」

未だ全身を苛む苦痛を押し殺し士郎の肩を借りて跳躍、神剣を構える。

―煉獄斬―

豪炎の一撃は崩壊する天井を残らず蒸発させる。

だが、当然だがこれで終わる筈は当然なく、瓦礫が次々と落下大地を大きく揺らし周囲を土煙で白く染め上げる。

それは当然アルクェイド達にも平等に襲い掛かる。

アルクェイド、アルトリアも加勢し落下してくる瓦礫の迎撃で精一杯で脱出にまで行ける筈もない。

と、その時、全員の背後から一本の槍が近くの床に着弾。

その槍は着弾と同時に爆発を起こしその爆風に巻き込まれ、吹っ飛び場外へと脱出していた。

「へ?ここ城外?」

「出れたのですか・・・でもあの爆発は一体・・・」

そんな思考は強制的に停止させられる。

「!!志貴ちゃん!志貴ちゃんは何処!!」

「ちょっと待ちなさいよ!シロウはどうしたのよ!!」

この場に志貴と士郎がいない事に気付き半狂乱になって翡翠とイリヤが叫ぶ。

「!!い、いないのここに!」

「影も形もありませんわ!!」

そこまで行った時ふいに気付いた。

自分達を吹き飛ばした爆発。

もしやと・・・その視線の先ではもはや『闇千年城』の崩壊が進み、近寄る事も・・・いや、近寄りたくても近寄れない状況だった。

それでも近づこうとする複数名を渾身の力でどうにか羽交い絞めにし、さらに離れる。

『闇千年城』は完全に崩壊した。

                                                                                  悲劇の終末へ







二時間後、欧州に半年ぶりの太陽が顔を出す。

それはこの凄惨な地獄のような戦争が正真正銘、終戦を迎えたと言う何よりの証でもある。

欧州各地で解放戦に従事する兵士達が勝利を祝い歓声を上げる。

しかし、そんな事など関係があるかとばかりに『闇千年城』跡ではアルクェイド達が必死に志貴と士郎の捜索を行っていた。

皆一応に無言で必死に瓦礫をどかし、時には剣や爪で薙ぎ払いながら。

しかし、どこにも見つからない見当たらない。

「・・・」

周囲に絶望がよぎる。

それでもかすかな希望を胸に奇跡を信じて探し続ける。

しかし、そんな希望も無残に潰え、やがて一人、また一人その手を止めてその場に蹲り肩を震わせて声を押し殺して泣き出す。

そして、全員が動きを止め嗚咽が号泣に変わろうとしていた時、周辺の景色が変わった。

「え・・・」

「ここ・・・『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』??」

間違いなくその景色は士郎の固有世界『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』。

しかし何かが違う。

言葉では言い表せない違和感を拭い去れず辺りを見渡すとようやく違和感の理由がわかった。

玉座が見えないのだ。

その代わりに見えるのはこの謁見の間に入る為の大扉。

とその扉の向こうから探していた声が聞こえてきた。

「・・・しかし、驚いた。まさか入れるとはな『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』に」

「俺としても最後の賭けだったよ。あの時、現実世界と『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』は一部だけとは言え繋がっている、俺達の状態じゃあもう走る事も出来ない。あのまま指を咥えて見ていても全員まとめて押し潰されるだけだった。もしかしたらと思ったけど・・・賭けて良かったよ。で・・・皆はうまく脱出出来たと思うか?皆をこっちに呼ぶ事は出来なかったから、止むを得ずあんな強硬手段を取った訳だけど」

「それは何とも言えないが・・・信じるしかないだろう。皆の運の良さと・・・お前の『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』の威力が想定以下じゃなかった事を」

その声は着実にここに近づいてくる。

何人かはまだ姿も見ていないと言うのにもう泣き始めている。

「さてと・・・帰ろう。今度こそ皆の所へ」

「ああ、・・・俺達の帰るべき場所へ」

その言葉と共に大扉は重々しく開き、姿を現した二人を待っていたのは悲嘆から歓喜の涙に変えて自分達に駆け寄る愛しい女達の姿だった。









期間は僅か半年であった。

しかし、その半年で世界に大打撃を与えた『蒼黒戦争』はここに終戦を迎えた。

『六王権』軍は、総司令である『六王権』を含めてその軍勢は、ほぼ全滅した。

人類側もその為に支払った代価は当然だが安いものではない。

数えるのも咎めたくなるほどの人命が失われ、主戦場となった欧州の復興の道は極めて険しい。

しかし、それでも今はどこもかしこも歓声を上げる。

悪夢に等しい大戦争はようやく終わったのだから。

そして・・・歴史は再び進み始める。









後書き
     足かけ七年と言った所でしょうか。
     ついに四章完結しました。
     これほどの長い間のお付き合いありがとうございます。
     ですがこの物語はあともう少しだけ続きます。
     次回から終章となります。
     こちらはそう長くはなりません。
     後日談のようなものですから、三話での完結を予定しております。
     それと今回の話のどこかに『SAD END』に繋がるリンクも用意しました。
     様はよく言うバッドエンディングと言う奴ですのでリンクも隠してあります。
     短いものですが暇なときに探していただければ幸いです。
     あと少しとなったこの歴史の物語、最後までお付き合いくださいませ。

終章予告へ                                                                七十話へ